教職員の方々のサポートがあってこそ、私は生まれ変わることができました。

久留米大学医学部医学科合格 K・T君

インタビュー interview

1. 大学生活について教えてください。

後期に入り、一気に学習が厳しくなりましたね。かなり睡眠時間を削るようになります。これも協同学習や医療プロフェッショナリズム等の、全国に先駆けて行われているカリキュラムを詰め込んでいるからなのでしょう。久留米大学は、前身である九州医学専門学校が開校して間もなく100周年を迎える名門校でありながら、学生にはほど良い気取らなさと親しみやすさがあります。教授との距離が近いことが強みで、いつでも教授に相談できますし、研究等の見学も可能です。コンサル会等も充実しており、同期や先輩との食事会が毎週のように開催されますし、福岡市の中心である天神まで30分弱で行けるので、非常に有意義な時間を過ごせています。年齢層も上は30代まで、人間味のあふれる同期・先輩方と勉学に励んでいます。部活動は弓道部、茶道部と救急サークルに参加していますが、周囲の文武両道の精神に驚かされています。教授の先生方は面倒見がよく、国家試験合格率向上に向けて、我々の代から医師としての資質を磨くカリキュラムに加え、国家試験に特化した学習も追加されていきます。多忙ですがオンとオフの切り替えを意識しています。

2. 合格を聞いたときの状況やその時の率直な心境を聞かせてください。

私を導いてくださり、有難う御座いますという心境でした。記憶がなくなるほどの衝撃でしたので非現実的な感覚でしたが、思い返せば人生最大の転機だと断言できます。

3. 学院に入学するまでのいきさつ、きっかけ、決め手について教えてください。

恥ずかしい話になりますが、医学部に進学したいという気持ちはあったものの、高校2年生の時点で偏差値は30台後半ほどしかなく、欠席日数が数十日に及んでいましたので、大学そのものに進学できるか否か危ぶまれる状況でした。初めは総合型等の推薦を受けたいという気持ちで医学部を探し、サイトで評価の高い医進塾を調べていたところ富士学院を見つけ、電話をしました。広島校で教室長との話の中で、自分自身の思いに協調してくださるとともに、最後まで見放さずサポートをしてくださると、言葉をかけていただき、高2の冬に縋る気持ちで入学しました。

4. 入学時の決意を教えてください。

私は模試の結果を受け入れるのが怖く、プライドだけで現実から目を逸らすような卑怯な人間でした。これまで複数の塾を巡ってきましたが、これを最後のチャンスにしようと教室長と話をしました。その直後に、英語の担当の先生から初めての課題を手渡された時に、今まで、周りを苦しめ続けた分、ここで弱い自分と向き合って変わってやろうと決意しました。

5. 具体的にどう頑張ったのかを教えてください。

私はつい格好をつけてしまう性分なので、そこをまずは変えるところからでした。特に先生方からは形だけの学習、教室長からは勉学の基礎になる生活面や物の捉え方、周りに対する自己中心的な言動を厳しく指摘され、直すには約2年もかかりました。そこで「契り」という、日々気を付けるべき内容をまとめた紙を机に貼り、A3用紙を広げペンでがむしゃらに書いていく形で勉強していました。無論、スマホは学院に預けていました。自分には能力があると信じたかったため、難解な問題ばかりに手を出しては受験範囲を越えてしまい、基礎を疎かにしていました。ですが、基礎は本当に重要です。自分勝手な学習を改善するためにも、常に素直に先生方の助言に耳を傾けて必ず実践することを心掛けました。また、授業中に質問をされた際、「わからない」とだけは答えてはいけませんでした。必ず自分なりの答えが出るまで手を動かしながら考え、厳しく指導されました。そして悩んだ時には、一度自分で考えてから、自分だけで解決しようとするのではなく、先生に助言をいただきながら解決をしていきました。一つ一つの行動を見直し、自分自身がしなければならないことに集中して生活を行うようにしていました。
 

6. 合格を勝ち取った要因は何だと思いますか?

悔いを残さないくらいやり切れたことです。落ちることは考えませんでした。受験では今までかけていただいた言葉を思い返していました。不思議なことに、入試問題を解いてみると大学との相性が見えてくるものです。自分を信じられるか否かが鍵でした。そして、その自信は勉強することでしか生まれてこないと思います。

7. 富士学院はあなたにとってどんな予備校でしたか?

新しい人生を踏み出せた場所です。博愛精神に満ちた教職員の方々のサポートがあってこそ、生まれ変わることができました。OBとなった今では、私が恩返しするべき場所の筈が、今でも私自身が手厚いサポートを受けてしまっています。教職員の方々と話すと世界が広がりました。その知識量もそうですが、富士学院は我々生徒を一人の人として接してくださっています。

8. どういう医師になりたいですか?

将来の形は、生理学の教授の「臨床医や研究医になるのだと決めつけず、医師免許をどのように活用するのかを考えたらどうだろうか」という言葉で突き動かされました。入学する時までは、救急医と総合診療医のダブルボードを目指していました。しかし自分に向いていることは何だろうと考えているうち、徐々にオーダーメイド医療に目がいきました。そこに、免疫学の研究室で学んだ癌をはじめ、脳腫瘍の後遺症への関心が重なって、脳神経外科医として、大手薬剤メーカーが目をつけにくい隠れた患者を救うためのオーダーメイド医療を提供したいと考えるようになりました。加えて、臨床医を生涯続ける気持ちも残っていますし、研鑽し教授として講義などを医学生に行いたいという思いもあるため、柔軟に医学部での学びを培っていきます。 

9. 後輩達にアドバイスをお願いします!

偉そうなことを言える立場ではないですが、厳しい言い方をすれば、「今の苦しい期間と向き合ってください」の一言です。案外、乗り越えたら医学の世界ではさらに高い壁があることに気づくし、この経験が大学に入って笑えるほど役立つことを痛感してくれるはずです。医学生は医学界では最も未熟な存在です。大きい態度をとるべきではないですし、医師は本来、煌びやかでも威張るような職業でもありません。謙虚な姿勢をぜひ身に付けてください。患者さんは手を握って喜んでくれますよ。併せて、富士学院で学んだ勉強のノウハウは国家試験を突破するには不可欠な要素です。伝わりにくいのは承知ですが、受験勉強で発展的に学習した内容はかなり使います。試験問題の背景を俯瞰できるぐらいの知識を付けられると強いですね。医学生の先輩方の中には、知識を取捨選択している人もいるかもしれないけど、あくまで受験での話だと思ってください。医学の世界で無知は許されません。だからこそ、この言葉を胸に留めておいてください。「孤高の存在でいること」これが大切です。皆と同じことをしていても、受験でも医学の世界でも勝ち残れません。同期は全国に一万人程度います。皆さんは既に仁医を担う資質はありますから、自信を持ってください。永遠に自分に厳しくあれ。